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甘いものと三島由紀夫

甘いものと三島由紀夫

by EtoKatagiri on 2021.1.5 Tue

明けましておめでとうございます。 ライターの片桐と申します。 10年ほど東京にいましたが、出身の福岡に最近拠点を戻しまして、色んなところで色んなものを書かせてもらっています。
ここでは日々頭に浮かんだことなどをのんびり綴りたいと思いますので、宜しくお願いします。

今まで生きてきてほぼ興味がなかったのに、昨年末から急に甘いものに狂い始めました。
気がつけばスイーツの画像ばかりググり、作りもしないケーキのアレンジレシピを考え、明日朝起きたらトーストにピーナッツバターをたっぷり塗って食べようと満面の笑みでベッドに入り、咀嚼しなければ太らないと決めてアイスを飲むように食べ、破壊力抜群なスニッカーズのファミリーパックを貪るようになりました。

これまでは、パンケーキにキャピキャピ並ぶ女子をそれはそれは軽蔑してきたものです。
サバサバでも体育会系でも姉御肌でもなく、男の子が大好きだし、どんな時でもモテたいし、死ぬまでチヤホヤされたい私は、スイーツをモテツールとして使いこなせない中途半端な自分を肯定するために、け!何がパンケーキじゃ!くだらねぇ!とツバを吐くしかなかったのです。

そんな私が念願叶って完全なるスイーツ好き女子に。そこでわかったのは「スイーツが好きなだけじゃモテねぇ」ということ。

パンケーキに並ぶ女子はふわふわのスカートを履き、華奢なアクセサリーをつけ、何が入るんだみたいな小さなバッグを持ち、どこから出してんだみたいな鼻にかかる高音で話し、いつもツヤツヤのネイルを携えているのです。パンケーキが好きだから可愛いんじゃない、そのキャラ設定に見合う努力をしているから可愛いのです。

さて昨年は三島由紀夫の没後50年ということで、メディアで目にする機会が多かったせいか、私もいつもより三島に思いを馳せた年でした。

ある夜ボケーっと観ていた三島の特番に若い女優さんが出ていて、彼の壮絶な最期について「こういう人が日本にいたことは、私にとって救いです」と仰いました。

私は代表作を何個か読んだ程度で、特に三島に思い入れもないので、偉そうなことは何も言えません。

究極の美意識と自意識の人ですから、ダラダラと酒に溺れて毎日を帳尻合わせで生きてきた私とは何の共通点もありませんし、もし同じ時代に生きていたとしたら、戦後民主主義にニコニコ恩恵を受ける私に、こいつダセーなと冷ややかな視線を送っていたことでしょう。

でも、三島の死に様に込められた思いが、私よりひと回りも下のきらびやかな女優を救うというのは、さすがに腑に落ちません。彼女のそれらしい神妙な面持ちに、今の日本の姿を見た気がしました。

メンヘラと同列のモテブランディングに “ファッションとしての三島” という新ジャンルが誕生した瞬間です。

三島は今後の日本を憂い、今にとんでもない国になるぞと叫んでいたわけですが、果たしてこのとんでもない現象までは予見していたでしょうか?
でも、美しい体で死ぬためにボディビルをやるような人だから、それもまた狙いのうちだったのかしら?なんて思うと、底知れぬ美学と皮肉っぽさに背中がゾクッとなります。

ん?でも、待てよ?私、また安易なモテ尺で考えてる?仮に私が同じ技を使いこなせたとして、果たしてモテるのか?
この女優の美貌と闇ありますよ的な演出があるからこそ “ファッションとしての三島” が生きるのでは?

ただ歳を重ねて甘いものに目覚めた私が、スッピンでコンビニのスイーツコーナーを執拗にうろつき、「三島は私の救いです」とドヤ顔するだけでは、到底モテるはずがないのです。

結局モテとは、小手先のアイデアではなく、それ相応の努力と下積みの賜物であるということに気づかされたのでした。

今年はチョコパイ片手に、また金閣寺でも読んでみようかな。

Writer
片桐 絵都
片桐 絵都

ライター