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もう一度会いたい人 前編

もう一度会いたい人 前編

by EtoKatagiri on 2021.2.5 Fri

誰しも、人生の中で「もう一度会いたい人」がいるのではないでしょうか。

2011年3月11日に起きた東日本大震災。私は出先の新宿で被災しました。電車が止まったので仕方なく表参道の事務所まで歩いて帰ると、同僚の女子たちが半泣きで散らかった書類を片づけていました。

退社時刻になっても電車が動かないので、台風の夜の子供のようにテンションが上がった私。
もうみんなで朝まで飲みますかァ!とニタニタしながら振り向くと、一人、また一人と、心配した彼氏が迎えに来るではありませんか。

私を哀れみながら、肩を抱かれて帰っていく同僚たち。最後の一人を迎えに来た彼氏がさすがに居た堪れなかったのか「これ母のやつで、俺がうちから乗ってきたんですけど、近くのコイツ(私の同僚=彼女)んちに歩いて帰るんで、よかったら使ってください」と、28インチのカメムシ色に輝くママチャリを貸してくれました。

当時、小田急沿線の千歳船橋に住んでいた私は、表参道からどういう道を通って帰ればいいのかわかりませんでした。

やみくもに渋谷方面へペダルを漕いでいたら、帰宅難民の大行列に阻まれ、すぐにチャリに乗ることができなくなりました。あの名作ドラマ『最高の離婚』では、瑛太と尾野真千子が付き合うきっかけになる胸キュンなシーンですが、私の場合は、カメムシ色の巨大ママチャリを無駄に押しながら歩く邪魔な女でしかありません。

連れ立って歩く見知らぬ人々にチャリがガコガコ当たり、なんでこいつカメムシ色のママチャリ押してんだと舌打ちされながら、方向もわからずただ進み続けました。

携帯の充電は切れ、コンビニの充電器も全て売り切れ。誰にも連絡できず、マップも見れず、肌寒い夜の街を歩くのは、とにかく孤独で辛いものでした。

途中、なんで私カメムシ色のママチャリ押してんだと行き場のない怒りがこみ上げながら、なんとか下北沢までたどり着いたのでした。

後編へ続く。

Writer
片桐 絵都
片桐 絵都

ライター