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もう一度会いたい人 後編

もう一度会いたい人 後編

by EtoKatagiri on 2021.2.5 Fri

前編からの続き。 下北沢の駅に着いた私は、このまま小田急の線路に沿って帰ればいいんだと、泣き出しそうなほどホッとしました。

カメムシ色のママチャリを抱えて歩道橋の階段を上っていると、後ろから来たサラリーマンのおじさまが「お姉さん大丈夫?ほら、後ろ支えてあげるから(でも、なんでカメムシ色のママチャリ押してんだ)」と助けてくれました。

が、そのまま帰れると思っていたら、世田谷代田あたりの住宅街に迷い込み、線路を見失ってしまいます。

事務所を出てから、もうかれこれ5時間は歩いたでしょうか。カメムシ色のママチャリとともに野宿も覚悟しかけたその時、とある親子に出会ったのです。近所に住んでいると思しきそのお母さんと中学2年生の息子は、ボロボロな私を見かねて「大丈夫ですか?(なんでカメムシ色のママチャリ押してんだ)」と声をかけてくれました。

「千歳船橋に帰りたいんですけど、ここはどこですか?」と廃人のように尋ねると「あんた近くまで一緒に行ってあげたら?」とお母さん。少年は嫌な顔一つせず「よし、行きましょう!」と、私の手からカメムシ色のママチャリを取って歩き出しました。

すみません、本当にありがとう、ごめんなさい、ありがとうと拝み倒す私に、バスケ部の彼は「今日は地震で部活がなくなったので、ちょうどいい運動になってありがたいですよ!」と神々しく笑いかけます。

心地よい世間話をしながら住宅街をスイスイと抜け「あとはこのまま真っ直ぐ行けば千歳船橋に着きますよ」と、近くの駅まで送ってくれたのでした。

すみません、本当にありがとう、ごめんなさい、ありがとうと拝み倒す私に、彼は「またいつか会いたいですね」と神々しい言葉を残し、颯爽と帰っていきました。

駅までの道すがら「こういう時こそ助け合いが大事ですから」と言った彼の瞳は、何の邪念もなく、ただただ透んでいました。

彼と別れた後の私の心は、可愛かったなぁ。中2ということは5、6年後に会えばギリイケるか?やべ、連絡先聞けばよかった。いやでもさすがに犯罪レベルか。てか、なんで私カメムシ色のママチャリ押してんだ。と邪念に満ちていました。

震災から今年で10年。

あの時の彼を探す手立てはありませんが、もしまたいつか彼に(一応下北のサラリーマンにも)会えたなら、邪念のない心で向き合える自分でありたいと思います。

カメムシ色のママチャリにも微笑みかけられるように。

Writer
片桐 絵都
片桐 絵都

ライター