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不純な動機
by TeamDice on 2021.3.16 Tue
僕はタバコを吸う人のタバコを吸い始めた理由を聞くのが好きだ。
この話にはハズレがない。誰の話もそれなりに感慨深い。良い小説を読んだ時のような感動を覚えることすらある。
どこに惹かれるのかと言えば、それはその不純さだ。身近な話題の中に、こんなにも人間の不純さが露わになる話が他にあるだろうか。
タバコは「百害あって一利なし」と言われるほど、おそろしくコスパが悪い。金を払って手に入れる物は、なんだかんだ言って為になる。だがタバコはむしろマイナスだ。
始めは火のつけ方すら分からず恥をかく。やっと煙を吸うと、焚き火の側で深呼吸をしたかのように、煙が肺を刺激し猛烈にむせ返る。その上健康に悪く、依存性が高く、やたらと金がかかる。たしかに「百害あって一利なし」と言われても仕方がない。唯一の利点はリラックスできるというところだが、他の難点の多様さを前にして、もはやそれは無いも同然だ。
これを始めるとなると、よっぽどの理由がなければ釣り合いそうにない。がしかし、誰もが口々に本当にみみっちい動機を語る。
例えば、映画のワンシーンに憧れただとか。好きなミュージシャンを真似てみたとか。恋人が吸っていたからとか。結局ほとんどが「モテたい」と一言に要約できるような動機ばかりだ。
そんな不純な動機で、将来的に死因にもなり得るかもしれないタバコを吸い始めるのだ。
人は合理的に生きたくても、そもそも不純な生き物なので、どうしても非合理を受け入れてしまう。そんな人間の矛盾がタバコを吸い始めた理由には凝縮されていると僕は思う。
僕ももちろん不純なやつだ。それも輪をかけて不純だ。僕なんてタバコに限らず、やる事なす事全てが不純だと言える。
例えば、僕の唯一の趣味である読書も、そもそもの動機は極めて不純なものだった。
もちろん、小さな頃から本が好きだったとかではない。ある本を読んで感銘を受けたりもしていない。恥ずかしい話、始めは「何かで埋め尽くされた棚」が欲しかっただけだ。
漠然としたイメージだが、何かに精通した人の部屋には、必ず何かで埋め尽くされた棚がある。しかし、たぶん何かに精通するには相当な時間がかかる。手っ取り早く何かに精通した感じを演出するためには、何かで埋め尽くされた棚を手に入れればいいのではないか。
僕はまずDJの棚を目指した。DJの棚はレコードで埋め尽くされている。それは世界中の音楽に精通しているという証明でもある。
早速中古のレコードを売っている店に行き、知っている曲のレコードを何枚か買った。家に帰ってそれを棚に並べてみる。だが全然足らない。ご存知の通りレコードはめっちゃ薄い。何枚か並べたところで、数センチの厚みしかない。知っている曲にも限りがある。もうなんでも良いので、見た目が良くて値段の安いレコードを適当に追加で買った。また数センチ棚が埋まる。知らない曲の入った聴かないレコードが、むやみに棚に増えていく。試しに聞いてみるが、全然好みじゃない。僕は虚しくなって、厚みが二桁センチに達する前に諦めた。
それから目を付けたのが本だ。写真集なんかを選べば厚みがあるし、色々とジャンルがあるので、何を買えばいいかあまり迷わずに済むだろう。
とりあえず邪魔なレコードを端に追いやって、できるだけ厚い写真集や有名な作家の文庫本なんかを、古本屋で買ってきて並べた。レコードとは比べ物にならない速さで棚が埋まっていく。
買っておいて読まないのは勿体無いので、読み易そうなものから読んでみた。知らないレコードを無理やり聴くのより、こっちの方が体に合っていることに気がついた。そういえば読書って嫌いじゃなかったかも。それからだんだん前向きに本を買うようになって、最初の頃に買った無駄に場所を取る本達は、居場所がなくなり売られていった。今ではちゃんと意味ある本で埋まった本棚が家にある。
僕は特別に不純な人間だ。でも、みんな言わないだけで、だいたいこんな感じなのではないだろうか。きっと偉大な芸術家なんかも、きっかけは「モテたい」だったに違いない。僕の不純さを正当化するには、そうでなくては困るのだ。
もし一度だけタイムトラベルできるなら、偉大な芸術家が芸術家を志した瞬間に、立ち会って話を聞いてみたい。
でもそんなことをして、もし純粋な動機しか持ち合わせていなかったとしたら、僕はもう立ち直れない。
そうなるのは怖いので、タイムトラベルは博打で大儲けの路線で行きたいと思う。
藤雄紀