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ルーツをめぐる、つかの間の旅

ルーツをめぐる、つかの間の旅

by MayuYasunaga on 2021.4.12 Mon

皮膚の温度感覚

自分のルーツをたどる旅。そんな終わりのない遊びがあるとしたら、必ず通るべき場所がある。須崎公園を抜けて、赤茶色の重厚感がある建物へ向かう。

今日の目当ては福岡県立美術館だ。現代日本の工業デザインの基礎を築いた一人、柏崎栄助の展覧会を観に来た。

柏崎は福岡とも縁が深い。東京出身の柏崎は結婚して福岡市に住まいを移し、20代でヨーロッパなど海外へ遊学した。国内もよく旅してまわり、特に沖縄へは定期的に通い続けた。

プロダクトはもちろん、柏崎が残した言葉の数々が強く印象に残っている。例えば八重山のハトバナレではこう書いた。

「風景の感動は皮膚の温度感覚が不可欠のようだ。」

これ以上ないほどに研ぎ澄まされた一文であり、そのスマートさの奥には、芸術を志す者としての確固たる意識が宿っている。見るだけで火傷しそうなほど熱く、また同時に、ふれると傷つきそうなほど鋭い。ほとばしる感覚がおさえられないのだ。こうして南の果てで紡がれた言葉を反芻すると、彼のルーツが沖縄にあることがわかる。

そう、ルーツだ。

この県美こそ、私のルーツと言える場所だ。大学で博物館学芸員課程を履修していた時に、博物館実習で県美に通うことになった。県内外の大学から数名ずつが集まり、一定の期間博物館に通いながら現場の仕事を学んでいく。

この実習がすごく刺激的だった。仲間も良かったし、何より学芸員やスタッフの方々が親切でオープンマインドだった。

博物館の仕事は多岐にわたる。教育、研究、資料の保存、イベントや展覧会の企画。オールマイティな能力が求められるのだ。資料や作品には「答え」がないこともあるし、善し悪しもない。それって大変そう。でも、そっちのほうがたのしいに決まってる。大人になっても、こんなふうにはたらいていたいと思ったんだった。

記憶の変容

須崎公園を出て、天神ビッグバンでいつもと違う顔になった天神を南へ抜ける。渡辺通にあるジャズ喫茶「JAB」で、音楽でも聴きながら読むべき本を読もうと思った。

選曲はいつもモダンジャズの喫茶店らしいセレクトで、チャーリー・パーカーやウェイン・ショーター、ベン・ウェブスターなど。個人的にはもう少し古い時代のシンプルな音が好みだが、ここでしか聴かない音もなかなかわるくない。JBLの大きなスピーカーからは骨太な音が響きわたる。

卒業した大学の先生や卒業生たちと、2、3カ月に1度読書会を開いている。今度は私が発表する番で、課題図書に選んだのはノーベル賞作家カズオ・イシグロの出世作『遠い山なみの光』だ。原書の出版は1982年。日本語版が出たのはそのもう少し後になる。

図書館で借りた参考図書に目を通しながら、発表資料の構成を考える。みんなで何を話そうか。カギとなる要素を逃さないよう、ポイントを整理する。ぼんやりと浮かぶ雲を拾い集めてきて、つまんだりおさえたりしながらそぎ落としていくイメージだ。これは少しだけ仕事と似ている。

ページをめくると広がる本の世界は、自由で限りがない。そんな贅沢に身をひたす、つかの間のこころの旅。この時間は、学生時代の自分とつながる一方で、今の自分を見つめるための時間でもある。好きな洋服で、行きたいお店に行き、心地良い音楽を聴きながら、気の赴くままに本を開く。今も昔もさほど変わらないくらしを選んでいる、と思った。

ぬるくなったカフェオレを飲み干し、カウンターに立つマスターに500円玉を手渡して店を後にする。渡辺通はすでに薄暗くなりはじめていて、西の空は水色とオレンジ色がまざりあって光っていた。

〈Spot〉

福岡県立美術館
福岡市中央区天神5-2-1
福岡県立バーチャル美術館

JAB
福岡市中央区渡辺通5-2-13

Writer
安永 真由
安永 真由

ライター・ディレクター