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女もつらいよ

女もつらいよ

by EtoKatagiri on 2022.2.3 Thu

お金がかかるし面倒くさいし、引越しはなかなか腰が上がらないものです。そんな中、衝動的に内見した物件でいい出会いがあり、数年ぶりに引越しをしました。前の家には広いバルコニーがあり、夏は外でビールを飲んだりしてニコニコ暮らしていたのですが、今は部屋が一つ増えたり追い焚きがついていたりと、また違った快適さを楽しんでいます。

これまでの引越しで一番よく覚えているのは、転職して福岡から東京に移り住むことになった時のこと。福岡での仕事を終えた夜に飛行機に乗り、翌朝から東京の新しい職場に出勤するという弾丸スケジュールだったため、まだ福岡に住んでいる間の連休を利用して東京へ行き、バタバタと物件を決めなければなりませんでした。話を聞いた心配性の母が、保証人の手続きも兼ねて旅行がてらついて来てくれることに。『男はつらいよ』が大好きな私たちは、ついでに聖地巡礼もしておこうとスケジュールに組み込みました。不安とワクワクが入り乱れた旅立ちの前夜、テンションの上がった私は、早起きしないといけないにも関わらず、それはもうしっかり酒を飲みました。

朝、ブーブーと振動し続ける携帯のバイブで目覚めた私。見てみると母から鬼のような数の着信が。待ち合わせの時間になっても娘が空港に来ないからです。血の気が引きました。帰宅時の記憶など1ミリもありませんが、かろうじて風呂には入ったのでしょう、髪はほんのり濡れ、素っ裸でベッドの中にいました。とりあえず急げばまだ間に合うと、床に脱ぎ散らかしていた昨日の服をそのまま着て、タクシーに飛び乗りました。

タクシーを止めようと手を上げているあたりから気づいてはいました。ノーパンだということに。でも、だからなんだと言うのでしょう?分厚いデニムの下に何も穿いていなくても、誰が気づくことがありましょうか?家に戻って私がパンツを穿いたとて、飢えた子供たちに食料が行き渡りますか?ノーパンの私から出るCO2は、車の排気ガスより多いですか?今優先すべきは、飛行機に乗り遅れないことです。信念を貫き通した私は、堂々とノーパンで空港に到着。呆れ顔の母と合流し、走って保安検査場に向かいました。

タクシーを降りたあたりから気づいてはいました。ベルトをしていないことに。速く走ろうとすればするほど、ずり落ちてくるゆるめのデニム。両手に荷物を持った私は途方に暮れました。どうせ母です。私を生んだ女です。恥ずかしいことなど何がありましょう?「ベルトするの忘れたんやけどノーパンなんよね」とサクッと打ち明け、母にデニムのウエスト部分を持ち上げてもらいながら走り、ノーパンが探知されないかビクビクしながらセキュリティゲートを通って、無事に搭乗することができました。そうして東京に着くやいなや高島屋でパンツを買ってトイレで穿き、久々のホールド感に安堵のため息をつきました。

物件は旅の前半ですんなり決まり、後半は満を持して『男はつらいよ』の聖地へ。しかし不慣れな東京で柴又と浅草を勘違いした私たちは、仲見世通りで「とらやはどこですか?」と道行く人に尋ねて回り、訝しげな顔をされても間違いに気づかないまま、結局辿り着くことができず、苦し紛れに浅草寺でおみくじを引いたら二人とも凶が出て、しょんぼり福岡に帰ったのでした。

『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』の中で「見知らぬ土地を旅してる間にゃ、そりゃ人に言えねぇ苦労があるのよ」という寅さんの名台詞があります。あなたの隣にいる人は、実ははるばる遠方から来ていて、ノーパンかもしれない。仲見世通りでとらやを探す人は、柴又と浅草を本気で間違えているかもしれない。人との関わりが希薄になりがちなコロナ禍だからこそ、ちょっとした配慮やほんの少しの思いやりが、より求められているのではないでしょうか。また自由に旅行できるようになったら、一度ノーパンで出かけてみるのもいいかもしれません。そして仲見世通りでとらやの場所を尋ねられたら、そっと「柴又ですよ」と教えてあげてください。

Writer
片桐 絵都

ライター