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嬉しくないけど奇跡
by TeamDice on 2022.6.21 Tue
ある晩突然レバニラが食ベたくなり近所の中華料理屋で持ち帰りを頼んだ。チャーハン、餃子、エビチリ、そしてレバニラ。事前に電話で注文を入れておき、良い頃合いで取りに行く。
店に着くとすでにレジの後ろには僕の物らしい袋が用意されていた。待ち時間無くすぐに会計。店員の女性が注文を一つ一つ読み上げてくれる。「チャーハン、餃子、エビチリ、酢豚、以上でお間違いないでしょうか?」
酢豚?酢豚は頼んでいない。酢豚は頼んでいない上、僕が食べたかったレバニラと入れ替わりで酢豚である。
もちろん想定外の事態だが、順調な時ほど何か起こるのが人生だ。あまり動揺はない。慣れていると言えば慣れている。
むしろ僕はこういう時、間違いを指摘して気まずい空気になるのが苦手なので、そのまま状況を受け入れてしまうことも少なくない。
事実「酢豚」と聞いた瞬間から「なんならレバニラじゃなくて酢豚でもいいかも」とすでに気持ちを切り替えていたほどだ。
しかしこの場合難しいのは、他のお客さんと商品が入れ違いになっている可能性があることだ。
僕が勝手に泣き寝入りしたおかげで、他のお客さんに酢豚が渡らず、事態を深刻化させてしまう恐れがある。もはや気は進まないが、一応商品が違うことを店員さんに告げる。
「すみません。僕が頼んだのは酢豚じゃなくてレバニラだったと思うんですけど……」あんなに笑顔だった店員さんの表情がみるみるうち凍っていく。とても気まずい。
結局作り直してもらうことになり、数分後無事に商品を受け取り家に帰った。
帰って一部始終を妻に報告。「それは災難だったね」と同情されるかと思いきや、妻からは「さっき酢豚頼んでたよ」と思わぬ答えが返ってきた。
初めは冗談かと思い「そういうのいいから」と妻の言葉をいなしたが、妻はさらに「レバニラが食べたいって騒いでたのに、結局酢豚を頼むから変だなと思った」と、何やら論理的な説明まで付け加えてきた。
そんなはずはない。僕はレバニラが食べたかったんだ。レバニラしか食べたくなかったと言ってもいい。後のチャーハンやら餃子やらは付け合わせのような物。電話で「レバニラ」と発音した口の感覚までも覚えている。酢豚の事なんて一切考えていなかった。
しかし状況的には中華屋と妻の過半数が「酢豚を頼んだ」という意見で一致している。今回の件は「僕の言い間違い」ということで収めるべきなのだろう。
けれど今でも鮮明に思い出される、レバニラを頼んだという僕の記憶はいったいどこから来たのだろうか。
悔しいやら、でも中華屋には申し訳ないやら。なんとも釈然としない気持ちのまま、半泣きで持ち帰ったビニール袋を開けた。
そこにはレバニラの姿は無く、熱々の酢豚が入っていた。