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今夜はポトフ

今夜はポトフ

by EtoKatagiri on 2022.11.15 Tue

同じことをしてもなぜか“怒られない人”っていますよね。「アナタはいいのよ」と謎に非難の対象から外される人。私はどちらかというと“怒られる人”なので、どんな技術を使えばそうなれるのか不思議でたまりません。

昔、朝電車に乗っている時に貧血からくる頭痛と吐き気で立っていられなくなり、でも降りると仕事に間に合わなくなるので、やむを得ず唯一空いていた優先席に座りました。すると途中で乗ってきたガタイのいいスーツのオッサンが私を見るやいなや「若いくせに何で優先席に座ってんだ!」と怒鳴ってきました。反応する気力がなかったのでうなだれていると「どういう教育受けたらここに座れるんだよ。優先席はお前が座る席じゃねえよ。どういう神経してたら座れるんだよ」とネチネチネチネチつっかかってきました。

いや私体調悪いんですよね。私の周りによぼよぼの老人か妊婦か松葉杖の人が立ってたら席譲りますけど今アンタ以外誰もいませんよね。ちなみに座らなかったら倒れるか吐くかして私への対応で電車止まってダイヤ乱れますけどそれでもいいですか。あと何でそんなに朝から顔がテカってるんですか。そのペラペラのスーツどこに行ったら買えるんですか。

ノミの心臓の私はそんなこと言い返せるはずもなく、ウップとなりながら無言で席を立ち、オッサンが「ハア~」とわざとらしいため息をついて空いた優先席に座るのを眺めながら、会社の最寄り駅まで必死に耐えたのでした。なぜ私は怒られたのか。優先席とは「体調が悪いんですぅ~!!!」と叫びながら座らなければいけない席なのか。年上の自分が優先されて然るべきという理由でオッサンが腹を立てたのなら「君は若いんだから、朝から顔がテッカテカでいい歳こいてペラッペラのスーツを着た僕に席を譲りなさい」と素直に言えばいいだけの話ではないか。

私が通っていた高校には土足厳禁の武道場がありました。いちいち靴を脱ぐのが面倒なのでみんなこっそり土足で上がっていましたが、ある時たまたま私だけが見つかり、傭兵ばりにゴツいスキンヘッドの柔道部顧問にぶん殴られました。「女の子殴るなんて鬼畜か、ハゲ!」とは口が裂けても言えませんでした。

セレクトショップでバイトしていた頃、売り場にいると裏の休憩室からグラタンの匂いが漂ってきたので、あ、匂っても許されるんだ~と思いカレーを食べたら「服屋でカレー食う馬鹿がどこにいんだよ!」と店長に怒られました。「目の前にいます」とは口が裂けても言えませんでした。

似たようなエピソードは数知れず、全部書いていたら夜が明けますが、同じ状況であっても私でなければ怒られなかった可能性もあると思います。どうすれば怒られない人になれるのでしょう。怒られない人が持つ技術って何でしょう。

①可愛いーーーこれでほぼ解決できそうなのでもうこのコラムを書くのをやめちまいたい気分です。おそらく優先席に座っているのが広瀬すずだったらオッサンも怒らなかったでしょう。でも、みんながみんな広瀬すずになれるわけではないし、すず以外がいるからすずは輝けるし、すずじゃなくたって怒られない権利はあるのだから、できれば別の道があると信じたい。私が知りたいのは汎用性のある技術です。

②憎めないーーー表情とか雰囲気とか話し方とか、持って生まれたものと育った環境が大きく影響する人格形成レベルの話なのでもはやどうしようもありません。これもスルー。

③偉いーーー地位や名誉は無理でも、年功序列の精神が根強い日本ではある程度年齢を重ねれば多少は得られる技術かもしれませんが、若いうちはずっと怒られるのならたまったもんじゃありません。スルー。

④圧倒的弱者ーーー道端に咲く健気な花や震えるチワワに怒鳴る大人はいなさそうですが、これも意図的になるのは難しい。スルー。

⑤超申し訳ないと思っている風の顔ができるーーーこれは1ヶ月くらい練習すればいけそうな気がしますが、逆にその顔でもっとムカつかせる可能性もあるのでリスクが高い。スルー。

⑥運ーーースルー。

うーん。そもそも怒られない技術より、怒られた時に即座に気持ちを切り替える技術の方が必要なのかしら。でも怒られたくねーな。ムカつくしな。あんなテカペラに怒られてもな。怒られない方法とやらを指南する実用書はたくさんありますが、私はもっと画期的で手っ取り早くて確実な技術が欲しいんですよ。誰か“怒られない人になれる機械”でも発明してくれないかな。

発明といえばこれまた昔、付き合っている人から「特許を取ろうと思っている」と厳かに打ち明けられたことがあります。彼は普通の会社員。当然「何の発明で?」と尋ねましたが、私にアイデアを盗まれることを恐れたのか、頑なに教えてくれませんでした。本人はいたって真剣ですから、その後一切特許について触れることはしませんでした。彼との交際期間は短いものでしたが、付き合っている間に夜な夜な秘密の小部屋にこもって何かしているような素振りを見せることは一度もありませんでしたし、別れた後も彼が特許を取ったという話は聞いていません。

特許とはご存知の通り、「発明」を保護・奨励し、技術内容を公開して産業の発達に寄与することを目的とした制度です。

先日、ニンジンの皮をむいている時に「ピーラー考えた人ってマジすげえな」とつくづく思いました。誰でも簡単に素早く薄く綺麗に皮がむけるなんて、素晴らしいとしか言いようがない。1947年にアルフレッド・ネヴェックツェラルさんという何とも噛みそうなお名前のスイスの御仁が発明したこの器具は、当然特許を取っています。誕生から75年もの間、どれだけの人の調理時間を短縮してくれたことか。ありがとうアルフレッドさん。ありがとうピーラー。そして何がすごいかって、もう人生で何度使ったかわからないくらい馴染み深い器具であるにも関わらず、使うたびに新鮮な感動を与えてくれること。いわゆる名作とされるアニメの類も然りで、『ベルサイユのばら』でオスカルがかつて愛したフェルゼンに向かって「私のアンドレが危ないんだ!」と口走るシーンは100回観ようが鼻息が荒くなりますし、『攻殻機動隊 S.A.C.』シリーズ名物・バトーの「素子~!」は1000回観ようが目が血走ります。こうした何度でも味わえる感動こそが「発明」なのでは?ピーラーそのものよりもピーラーを使って皮をむいた時の快感にこそ特許が与えられ、保護・奨励・技術公開されるべきなのではないでしょうか。そうすればもっと世界が永続的に色とりどりの感動であふれるはず。そしてこんなにピュアな思いを抱く天使のような私をもう怒らないでいただきたい。

そういえば、特許の彼と過ごした日々を思い返してみると、初デートでシーマに乗って登場した時。1杯目がビールではなくラムコークだった時。社員旅行のお土産がエスカーダのトロピカルな香水だった時。何度経験しても戦慄が走るであろう瞬間を、彼は私に味わわせてくれたのでした。なるほど特許とはこのことだったのか。厳かな告白は単なる前フリで、彼は私の気づかぬうちにまんまと特許を取っていたわけです。「何の発明で?」と尋ねる間抜けな顔をどんな気持ちで眺めていたことでしょう。今になって見えた真実に背筋が凍りつき、もはや畏敬の念すら覚えます。でもその発明、何の発達に寄与したんじゃい。私を凍えさせる産業か?おい?

このままでは“怒られる人”から“怒る人”になってしまいそうなので、やさぐれた心を落ち着けるべくピーラーでニンジンの皮をむくことにします。特許のおかげですっかり冷えてしまったから、今夜は野菜たっぷりのポトフにしよう。いよいよ冬本番。みなさまもご自愛くださいませ。