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最近買って読んだ本

最近買って読んだ本

by MayuYasunaga on 2022.11.25 Fri

言葉を紡ぎ、文章にする。

「書く」仕事に就いていて思うのは、その基礎にあるのは圧倒的に「読む」行為だということ。あるいは「聞く(聴く)」行為だということ。

それはもはや疑いようのないことで、事実、多くの良い書き手は良い読み手であり、良い聞き手でもあります。

さて、その良し悪しはさておき、私自身の「読む」行為についてふりかえってみたところ、最近は驚くほど本を読んでいないことに気がつきました。資料や参考文献を読む量は人並み以上だと思いますが、「読書」となると話は別。心から「欲しい!」と思って本を買う機会が、昔と比べると明らかに減っている……。

書き手として、それが良いはずはない。ということで、最近買って読んだ本をあらためて手に取ってみることにしました。


ページをめくるのが楽しい
グラフィックノベル

Richard McGuire『HERE』

博多駅の「MARUZEN」の輸入盤古本コーナーで見つけ、イラストのタッチと仕掛けが気に入って購入しました。原価は25ポンドですが、購入時はたしか500円だったかと。

描かれているのは、ある一軒のリビングルームの時代を越えた物語。ページが進むにつれ、一部あるいは全体のシーンが切り替わりながら、読み手は紀元前から西暦2万年の未来までを自在に行き来することができます。

笑顔あり、涙あり。幸せあり、不幸もあり。一冊の中に閉じ込められた時の流れと人々の運命が、言葉少なく展開されます。ページに広がるのは日常のワンシーン。それでも、これほどダイナミックな物語を展開できるのかと驚かされました。

仕掛けの妙と作家のユーモアに引き込まれ、いつの間にか本の世界に没頭。ページをめくる楽しさを思い出させてくれる一冊です。

作者はアメリカ人アーティスト、リチャード・マグワイア。たまに出てくる台詞は英語で書かれていますが、比較的簡単で短く、わからなくてもイラストから推測できると思います(笑)。

■Richard McGuire
https://www.richard-mcguire.com/
■日本語での詳しい情報はこちら(すばらしいインタビュー記事です)
https://madoken.jp/article/7987/


書き手なら誰もが憧れるであろう
世界的文学者による名スピーチ

カズオ・イシグロ『特急二十世紀の夜と、いくつかの小さなブレークスルー: ノーベル文学賞受賞記念講演』

世界的なイギリス人作家、カズオ・イシグロが2017年にノーベル文学賞を受賞した際の記念講演を、英文と日本語訳で完全収録した一冊。

カズオ・イシグロの魅力を知ったのは、1年ほど前のこと。大学の先生とOBで不定期に開催している読書会で先生の薦めもあり、『遠い山並みの光』を取り上げたのがきっかけでした。

資料を作るにあたり、参考文献を手当たり次第に集めていて、見つけたのがこれ。読んでみて、あらためてこの作家の凄みを感じました。偉大な作家はスピーチ原稿でさえも物語になるのか、と。

冒頭は、作者が本格的に執筆活動を始めたイギリスの一室から始まります。自身の暮らしをふりかえりながら、作家としての転機やインスピレーションの源を明かしていく。さらにはロンドンの文壇やヨーロッパの文化的背景、世界情勢までをも的確に描きだす。

私たちが生きる「現代」とはこんな時代なのか——。一人の作家の視点から、一冊の本を通して、世界を知ることができる奇跡。まるで世界旅行にでも行ったかのように、清々しい読後感を味わえること間違いなし。

すばらしいのは、その結末が希望に満ちたものであることです。文学は万能ではないけれど、一部の世界を救うことはできる。その一言で、世界のどんな書き手も自分の可能性を信じ、未来に立ち向かう勇気を得られるはずです。いや、私なんて、比べるにも値しないちっぽけな書き手ですが……。

英文と日本語訳が収録されている点も気に入っています。カズオ・イシグロという作家を読み解くには、英文で原文を読むほうが正式だと思っているのですが、翻訳者の土屋政雄氏はいくつかの小説も手掛けているイシグロ作品翻訳の名手。日本語の選び方やリズムがよく、流暢に読み進められます。

文学者のスピーチといえば、日本では村上春樹がイスラエルのエルサレルム賞を受賞した際の「壁と卵 – Of Walls and Eggs」も有名。このスピーチは、新潮社から出ている村上春樹の『雑文集』に日本語全文が収録されています。


少数派?

Webで仕入れるしかないようなアーティスティックな洋書と、作家の小説ではなくスピーチ本。正統派(=マジョリティ)の選択とは決して言えませんが、思えば時代的に、「本を読む」という行為自体がエンタメのマイノリティになってきているのかもしれません。

となると、「本を選ぶ」という行為自体にも、もはや「正統派」も「邪道」もなくなっているのか? このうちどちらか一冊でも読んだことある人って、私のまわりで一体どのくらいいるんだろう。趣向と選択って、ほんとにいろいろですね。

Writer
安永 真由

ライター / ディレクター