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新しい価値を生み出す人であり続ける

新しい価値を生み出す人であり続ける

Text Mayo Goto / Photo Shintaro Yamanaka[Qsyum!]

2022.5.31 Tue

糟屋郡・久山町でイタリア野菜と米を作る「里山サポリ」の城戸 勇也さん。同町に今年新たに「chicchi richi(キッキリッキー)」をオープンし、人気を集めています。郊外で早朝からのイタリアン、4時間限定というユニークな営業スタイルをとる城戸さんに、新店舗のことや今後の話について伺いました。

お金をかけず魅力的に見せるやり方や持続可能な取り組み方を考えていきたい。

2月にオープンした「chicchi richi」ですが、今もよく話題になっています。店舗を持つことは前から決めていたんですか?

最初、飲食店をやろうとは考えていませんでした。やったことがないことをやりたい方だから、経験上にある店舗経営にはあまり興味を持っていませんでした。

実際にやろうと思ったきっかけは何ですか?

朝早起きをして、贅沢する。「朝外食に出かけてもまだ10時にもなってないし、いろいろ遊びに行けるじゃん」みたいな充実した1日を味わってほしいなと。新しい店づくりを考えていた時に、自分の畑付近にある良い物件との出会いなどがありました。もともと僕は朝活派で、朝から楽しむのが好きなんですよね。いつもと違う朝食で見たこともない野菜が知れたとか、1回の食事で30種類以上の野菜が食べられたとか、ここでは特別な体験を提供したいと思っています。

福岡は「chicchi richi」のように、早朝営業の店が少なく感じます。短い営業時間であることも特徴的だなと思いました。

僕の店の営業終了後、11時半からは友人の蕎麦屋がやっています。今回、友人と家賃をシェアする形でオープンできたので、ランニングコストが落とせて良かったですね。今、僕は専門学校で経営の講師もしているんですが、生徒からよく「どうやったら儲かる店を作れますか?」と聞かれるんですよね。ただ今は儲かることより、まず店をどう守るかが大事だと思うんです。人を雇わない経営がいいという話ではなくて、お金をかけず魅力的に見せるやり方や持続可能な取り組み方をよく考えることが必要だなと。僕の店ではそういうことをいろいろと試行錯誤しています。

「chicchi richiでは、レストランで使っている上質なオリーブオイルや珍しい海外の食品などを購入することもできます。

城戸さんは農家、経営者、講師、時にはプロジェクトのリーダーという本当に多彩な顔を持っていますよね。仕事ではどんなことを大切にしていますか?

ハブになれたらいいなと思っています。「都会の人」と「久山の人」とか、「農業」と「食」とか、「農業」や「イタリア野菜」と「一般の人」とか、様々な物事を繋ぐハブの役割ですね。僕の主体である農業は60歳でも若手、80歳ぐらいになってようやくベテランと言われる業界ですから、38歳の今はこんな感じかなと思っています。飲食店だったら1日の営業を1カウントとしますよね。農業の場合は年に1カウントのチャレンジしかできないですから。同じ作物で春と秋植えることができますが、季節によって農法を変えるので全く違います。だから年2回ではなく1回。僕は就農して6年目ですから、まだ5回の経験しかないんです。飲食店で言えば5日間ですね(笑)。

1週間も経ってないという……。改めてハブの役割に関連して、「里山サポリ」のキッチンカーにはどんな経緯があったんですか?

最初は、地元にある「伊野天照皇大神宮」の駐車場における渋滞問題の解決策でした。夏場になると、参拝客だけでなく神社前にある川へ遊びに来る人が急増して、駐車場はもちろん周辺の道路もつまるんですよね。どうにかしようと思っても、このエリア内で管理が行政と地域の有志に分かれていて、難しい状況が長年続いていました。それで誰に頼まれた訳でもないんですが、まずは自分の店を出店し、その収益から交通警備員を雇ってみようと考えキッチンカーを始めました。

難しいことに挑戦していてすごいですね。

2021年の夏から開始して、今年から地域の課題解決金というものが出るようになりました。経費の半分は賄えるようになっています。

地域のハブという意味では、食品会社の「久原本家」との取り組みもありますよね。

今、農業であごだしの削りカスを再利用した肥料を使用しています。最初「久原本家」とは、街中の土地開発に関するプロジェクトで知り合いました。その件は残念ながらなくなってしまったんですが、その時の主任の方がまだ農業1、2年目だった僕に声をかけてくださって。何か一緒に未来に繋がることができたらという話だったので、こちらから廃棄するもののご提供をお願いしました。


Pick up

シェフらしい視点で育てる100種の作物

苗づくりからはじめ、異なる種類を隣に並べて栽培し良い効果を図ったり、独自に開発した有機肥料を使い土づくりにもこだわる城戸さん。味はもちろん、調理のしやすさや飾りで使える色形の美しいものを揃えます。


酒好きとしては、城戸さんの手がけている久山町初の地酒プロジェクト『our sake』のことがとても気になっています。

僕はど素人から農業を始めましたが、現場を知っていくと、米は稼ぎにならないという話に行き着くんですよね。米農家の苦労をたくさん伺いましたし、実際に僕もやってみてよく理解しました。ただ難しいからと、米づくりを野菜づくりに変えようとしても簡単なことじゃなくて。「美容師が犬のトリミングをする」くらい大変なんですよね。また農地というのは、商店街と同じようなところがあるんです。自分が路面店をやっていたとして、隣の店が閉店してもさほど影響しないと思うんですが、商店街の場合だと困ります。肉屋さん魚屋さん八百屋さんなど、どこかひとつが閉店しても価値を落としてしまう。ひとつの通りに異なるジャンルのいい店が揃うからこそ商店街として機能しているのと同じで、農地もどこかが空くと良くないんです。

パッと田園風景を見た時にどこかだけがやぶだったら良くないし、生い茂った雑草が他の畑に迷惑をかけても良くないし。だから、米農家はマイナスにならない程度に畑を維持しなければならないんですね。利益が上がるくらい畑を広げるという発想もあるんでしょうが、そうなると今度は人手不足の問題にぶつかります。

現状のままでは米農家の将来に不安を感じますよね。米の価値を上げるために動いたということですか?

プロジェクトは「あの地区は美味しい米ができる」「あの地区の酒が旨い」「猪野の米はいい酒米」という評判を作るために始めました。あとは、僕自身のモチベーションとして、日本酒に多方面で携わる中田 英寿さんにぜひ飲んでもらいたいと思って頑張っています。

ファンなんですね(笑)。 “猪野の米”として、たくさんの方に知ってもらいたいですね。

ただ今はほとんどJAから販売されていて、規定により“糟屋の米”として出回っています。猪野は、豊富な水資源を持つところだからこそできる用水路が魅力。猪野の畑はどこにおいても、1番風呂のようにきれいな水が来るんですよ。他の地域は複数の区画でローテーションする水路から来るものなんです。

先日完成したばかりの『our sake』のボトルがこちら(写真:城戸さん提供)。ラベルデザインは公式Instagramの投票機能を使って決定したという。

素晴らしい環境で育つ米、今回は“酒米の王様”とも言われる「山田錦」を作ったそうですね。日本酒の仕上がりはどうですか?

すっきりしながらもコクのある本当にいいものができました。当初、生産する「若波酒造」、販売する「とどろき酒店」、消費者となる「久山町民」が一堂に集まり、アンケートを実施しました。“みんなの酒”なので関係者の要望を回収し、どんな酒を目指すか意見会も行いました。試飲会では「純米」「純米吟醸」「白麹を使用したワインっぽい日本酒」3種類を飲み比べして、どれがここの酒らしいと思うか?を調査しました。結果、多数票を集めた純米酒にしています。6/2より「とどろき酒店」「久山酒店」に並びます。

絶対買います!最後に、今後挑戦したいと考えていることはありますか?

自分で小麦も作ってパン屋か、今すでに少しずつやり始めている野菜の加工製造業をしっかりやりたいと思っています。レストランの価値を高めていくためにも、僕は開発者として常に新しいものをいろいろと生み出していきたいです。

キッチンカーで販売中の“子供に食べさせたい”野菜のジェラート。最近、うきはにある工場の方で自社製造を開始したという。優しい甘さと酸味が爽やかな一品です。

店舗情報

里山マルシェ(直売所)
福岡県糟屋郡久山町猪野91
営業日:毎週日曜
営業時間7:00〜なくなり次第終了
※福岡市内は「岩田屋」「natural natural」にて購入可能


chicchi richi
福岡県糟屋郡久山町猪野548-1
営業時間:7:00〜最終入店9:00(要予約)
定休日:火曜・水曜
Instagram(@chicchirichi_hisayama


サポリカー
出店日時や場所はインスタグラムで随時お知らせ
Instagram(@sapori_car


城戸 勇也 / イタリア野菜農家
城戸 勇也 / イタリア野菜農家

1984年福岡県糟屋郡久山町生まれ。24歳でピザづくりを学ぶため、イタリア・ナポリへ。その後、西洋の食文化に興味を広げイギリスで暮らしに根づいた食の面白さを探究し帰国する。福岡市内のイタリア料理店を経て、32歳で独立し就農をスタート。現在、故郷である久山町猪野にて「里山サポリ」というブランド名を掲げ野菜と米を作る傍ら、朝食イタリアン「chicchi richi」、キッチンカー「サポリカー」のオーナー兼シェフを務める。