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ラッコたちが生きた証を残したい

ラッコたちが生きた証を残したい

Interviewer Mayo Goto / Text Eto Katagiri / Photo Yuki Katsumura

2022.8.23 Tue

水族館からラッコがいなくなる!?そんなニュースを目にすることが、ここ数年多くなりました。ピーク時は122頭だった日本のラッコも、今ではわずか3頭に。そのうちの1頭であるリロくんが暮らしているのが「マリンワールド海の中道」です。リニューアル5周年となる今年には、ラッコの魅力を詰め込んだオリジナルブックを発行。20年間飼育担当を務め、ブック制作にも携わった土井翠さんに、ラッコへの思いを伺いました。

イルカに憧れて飛び込んだ世界には、愛おしい生命があふれていた。

まず、土井さんがマリンワールドに入社した経緯から教えてもらえますか?

中学2年の時、修学旅行でマリンワールドに来て、生まれて初めてイルカのショーを観たんです。「何!これ!?」ってすごく感動して、もう一目惚れですよね。「だめだ、ここで働くしかない」って、その時勝手に決めました。

早い!もう中2で決まっていたんですね。

私は佐賀の山の方の出身で、海の生き物のことは何も知らなかったので、水族館は最高の場所でした。でも当時は専門学校もないし、どうしたら入社できるのかわからなくて、とりあえず商業高校に進みました。そしたら、たまたま一つ上の先輩がマリンワールドにアプローチされていたんですよ。でもすぐには返答がなくて、別のところに就職を決めた後に、学校に求人が来たそうです。「結局、全然関係ない人が入ることになったんだよね」と部活の先輩から聞いて、「誰ですか!?紹介してください!」って根掘り葉掘り聞きました(笑)。

巡り合わせというか、運命的なものを感じますね。

ね。本当に偶然って面白いなと思います。あと手紙を書いてマリンワールドに送ったりもしていたんですけど、一度、返事が来たんですよ。実はそうした手紙には飼育担当が交代で返事を書いているのですが、当時の私はそんなこと知らないから、すごく特別なことだと思って舞い上がってしまって。それからは文通かって言うくらい、返事をくださったスタッフさんに手紙を書きました。「テレビで観ました」とか、「新聞に載っていましたよね?」とか。よっぽど書いていたのか、入社した時に「手紙の子だね」って言われましたね。「辞める時は全部広げるからな」なんて脅しを受けたこともありました(笑)。

愛のある脅しですね(笑)。では最初はラッコではなく、イルカがきっかけだったんですね。

正直、入社するまではイルカにしか興味がありませんでした。手紙を書いていた高校時代、恥ずかしいから送り主だと名乗り出たりはしないけど、マリンワールドには通うみたいなことをやっていて、その時ラッコも見ているはずなのに、記憶にないんですよね。そんな風にイルカが好きな気持ちだけで進んできたので、水に潜るとかショーをやるとかも頭からスポッと抜けていて、入社した後に自分が泳げないことに気づきました。

入社してから!?

プールで泳いだことはあるんですけど、海で泳ぐことには馴染みがなくて、肌が弱いので海水も苦手。最初は結構苦労しましたね。しかも憧れのイルカチームには配属されず、アシカやラッコなどを担当するアシカチームに20年間在籍しました。

ちょっと切ないですが、そこでラッコと出会うわけですね。

私が入社した当時からすでにラッコは希少な存在だったので、新人の頃は触らせてもらえませんでした。実際に担当できるようになってからは、もうラッコの虜ですよね。今度は「イルカよりラッコだな」ってなってきちゃって。

こんなところにもラッコ愛が。「自作のピアスなんです(笑)」

おっと?でも、そうなっても仕方ないくらいの可愛さですよね。今日本で飼育されているラッコは3頭ですが、なぜこんなに少なくなってしまったのでしょうか?

まず生物種的に、毛皮目的の乱獲や、1989年にアラスカで起こったタンカー事故による原油流出などが減少の背景にあります。その後ワシントン条約の規制で1998年を最後にアメリカから日本へのラッコの輸出が止まり、数を増やすためには国内で飼育している個体を繁殖させていくしか方法がなくなりました。私がマリンワールドに入社した翌年のことです。

ここまで数が減っているということは、繁殖はかなり難しいのでしょうか?

そうですね。生まれても、長く育たない子たちも多かったです。やっぱり“経験”という部分も大きいのかなと思います。子育てもそうですけど、道具の使い方なども親から教えてもらったり仲間の姿を見て覚えたりするので、水族館生まれの個体たちは徐々にそうした機会が減っていきますよね。動物の本能的な部分だけでは補えないものがあるんじゃないかなと思います。

野生のラッコの生態と等しく考えられないところはあるかもしれませんね。

“自分がしてもらったことを子どもに”とかって、人間的な考えだとは思うんですけどね。ラッコは通常、お母さんがお腹に赤ちゃんを乗せて、最初の半年間くらいはずっと一緒に過ごすんですけど、以前マリンワールドで暮らしていたマリンちゃんというメスの個体は、お母さんが途中で子育てから離れてしまって、私たちがちょっとお手伝いをしたんですね。その影響があるのかはわかりませんが、マリンちゃんの子はみんな短命でした。

なのでマリンちゃんが5回目の妊娠をした時、何か問題があった時は人工哺育に切り替えるという決断をしました。そうして生まれたのがマナちゃんです。それで……。すみません……。

思い出させてしまってすみません……。マナちゃんは昨年亡くなったばかりですよね。

日本で数少ない人工哺育の成功例で、マリンちゃんの子の中で唯一大人まで育ったのがマナちゃんでした。昨年、待望の妊娠が確認されたのですが、子宮破裂を起こして9歳で亡くなりました。だめですね、マナちゃんのことを考えると。

パートナーだったリロくんは今15歳なんですよね。

そうです。人間で言うと60歳くらいですね。体が大きくて存在感がありますよ。男らしさがありつつ可愛らしさも備えたモテ系男子で、飼育担当たちは口を揃えて紳士的って言っています。

それはどんなところからわかるのでしょうか?

一番はやっぱり、マナちゃんとの関係性ですよね。マナちゃんが寝ているとそばに行って、手を添わせて一緒に寝たりとか。私はマリンワールド生まれの個体たちをずっと見てきたんですけど、結構みんな激しいんですよ。交尾の時もメスを羽交い締めにして鼻に噛みついたり、こちらが「やめて!」って言いたくなるくらい。でもリロくんは、マナちゃんに本気で噛みつかれてもやり返すようなことは全くなくて、本当に優しい子ですね。


Pick up

リロくんの一挙一動にメロメロ!

三角コーンで遊んだり、こちら側を向いて挨拶をしてくれたり。食事タイム前後はアクティブなリロくんに会えるチャンスです。ちなみに1日に食べるエサの量は6.5kgで、好きな食べ物はホタテ。


今年ラッコを特集したオリジナルブックが発行されましたが、どういった経緯があったのでしょうか?

今年の4月にリニューアル5周年を迎えたのですが、オープン当時から変わらず残っている部分もあって、一つがラッコプールなんです。そこから「記念としてラッコに特化したものを作ろう」という話になり、オリジナルブックの制作にいたりました。

ラッコプールの前には人だかりが。リロくんに会いに、遠方から訪れて連泊するファンもいるのだそう。

あそこはオープン当時からのものなんですね。確かに、子どもの頃の記憶にある風景と変わっていないかもしれません。

第一に、ラッコはデリケートなので、移動のストレスをなるべく与えたくないというのがあります。また、寒いところに住む生き物なので体温管理も重要で、興奮すると熱が上がって、放出できずにヒートショックを起こしたり、命に関わることもあります。毛づくろいにも意味があって、体を掻くようにして毛の間に空気を入れて、冷たい水が直接肌に触れないようにしたり、それによって水に浮くことができるんですけど、手を怪我すると致命傷になるので、与えるエサやおもちゃに関しても注意が必要です。

『らっこ~marineworld racco history~』の表紙。モデルはもちろんリロくん。

飼育においてもさまざまな難しさがあるんですね。今回のオリジナルブックで特に力を入れたのはどんなところでしょうか?

写真集のようなものではなく、歴代のラッコたちの魅力をぎゅっと詰め込んだ構成にしました。図鑑とは違った目線でラッコを紐解いているのも面白い点だと思います。特に「ラッコ飼育の歴史」のカテゴリーでは、当時の飼育担当に一から話を聞いて、過去の日誌と照らし合わせながら情報を精査していったので、大変でしたがすごく楽しかったですね。これまで知らなかったことをたくさん知れましたし、スタッフがみんな楽しそうに話してくれるのも嬉しかったです。リロくんの目と目の間隔や肉球のサイズなど、ファン必見のプロポーション情報も掲載していますよ。

1989年、一番最初にマリンワールドにやって来たラッキーくんをはじめ、歴代のラッコたちのエピソードが綴られている。

詳しくはブックで……ということで、では最後に、T.READ読者に向けたメッセージをお願いします。

今、残る3頭も高齢化が進んでいて、積極的な移動や繁殖は難しい状況にあります。私たちにできることは、リロくんが少しでも長く穏やかな毎日を過ごせるよう、環境を整えていくことです。ぜひ一度、キュートで紳士的なリロくんに会いに来てください。

現在、昼とはまた違った生き物たちの様子を楽しめる「夜のすいぞくかん」も開催中。夜のラッコは陸に上がって寝ることが多いそうなので、ビョーンと伸びたリロくんの寝姿に出会えるかも?

「夜のすいぞくかん」
日程:〜8/31(水)、9月の土日祝日
営業時間:9:30~21:00(最終入館20:00)
期間中のショー時間はこちら

オリジナルブックはオンラインストアでも販売中
くわしくはこちら

店舗情報

マリンワールド海の中道
福岡市東区大字西戸崎18-28
TEL:092-603-0400
https://marine-world.jp/

土井 翠 / 運営本部 営業部営業担当 主任
土井 翠 / 運営本部 営業部営業担当 主任

佐賀県出身。1997年「マリンワールド海の中道」に入社。展示部海洋動物課に配属され、以後20年間、アシカ・アザラシ・ラッコの飼育やショー運営に携わる。2017年に営業部へ異動し、現在は館内でのお客さまのご案内やオリジナルグッズの企画など幅広い業務を手がけるほか、『らっこ~marineworld racco history~』では全ページの執筆も担当した。